誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書)オンラインブックダウンロード
誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書)
によって 小林 泰三
4.7 5つ星のうち(14人の読者)
誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書)オンラインブックダウンロード - 内容紹介 復元してみたら思っていたのと全然違う! ! 国宝の真の姿を味わいつくす豪華すぎる一冊 実は真っ赤な阿修羅、きらめいていた銀閣、ド派手な風神雷神…。私たちが「わびさび」の芸術として親しんでいる国宝は、初めからもののあわれで、渋くて枯れた趣だったわけじゃない。最新のデジタル技術で国宝の「本来の姿」を復元し、制作当時の「環境」を理解すれば、日本美術の見方がガラリと変わる! 小林泰三(こばやしたいぞう) 1966年生まれ。学習院大学(美学美術史専攻)を卒業後、大日本印刷に入社。「狩野派の屏風・花下遊楽図屏風」(95年)、「地獄草紙・生きている地獄」(97年)で数々の賞を受賞。04年、小林美術科学を設立。デジタル復元により、新しい日本美術の鑑賞法を確立。出演番組としてNHK「日曜美術館」「NHKスペシャル」、TBS「教科書にのせたい! 」など。WOWOW「美術のゲノム」では企画と案内役を担当。著書は『日本の国宝、最初はこんな色だった』(光文社新書)、『国宝 よみがえる色彩』(双葉社スーパームック)、『後白河上皇』(PHP新書)など。 【目次】 第1章 俵屋宗達〇風神雷神図屏風 第2章 キトラ古墳壁画 第3章 銀閣寺 第4章 阿修羅像 内容(「BOOK」データベースより) 実は真っ赤な阿修羅、きらめいていた銀閣、ド派手な風神雷神…。私たちが「わびさび」の芸術として親しんでいる国宝は、初めからもののあわれで、渋くて枯れた趣だったわけじゃない。最新のデジタル技術で国宝の「本来の姿」を復元し、制作当時の「環境」を合わせて理解すれば、日本美術の見方がガラリと変わる! 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 小林/泰三 1966年生まれ。学習院大学(美学美術史専攻)を卒業後、大日本印刷に入社。「狩野派の屏風・花下遊楽図屏風」(’95年)、「地獄草紙・生きている地獄」(’97年)で数々の賞を受賞。2004年、小林美術科学を設立。デジタル復元により、新しい日本美術の鑑賞法を確立(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書)の詳細
本のタイトル : 誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書)
作者 : 小林 泰三
ISBN-10 : 4334038808
発売日 : 2015/9/16
カテゴリ : 本
ファイルサイズ : 21.3 (現在のサーバー速度は25.27 Mbpsです
以下は 誤解だらけの日本美術 デジタル復元が解き明かす「わびさび」 (光文社新書) の最も正直なレビューです。 この本を読んだり購入したりする場合は、これを検討してください。
銀閣や興福寺阿修羅像などは、現在のある種年季を経た姿が共通認識となり、そこに「渋さ」や「わびさび」を見出すことが多い。筆者はこれに対し、デジタル技術を用いて作成当時の姿を復元しようという試みを行っており、本書では筆者が取り組んだ作品が取り上げられている。そのような取り組み自体は興味深いものだと思うし、フルカラーで絵も綺麗なのだが、筆者の書き方は独断に過ぎるところも多いように思う。一番の問題は、他の方も指摘しているが「復元」といいながら史料考証を積み重ねたというよりも筆者が「いい」と思う方向へと想像を膨らませただけの復元が多いという点である。まったく無根拠ではないにせよ、端々で「分からないから想像で進むしかない」という趣旨の話が出てきて、忠実な復元という気分はあまりしない。せいぜい「作成時の作品の一つの候補」であり、それ自体は価値があると思うが、「これが本当の姿だ」などと豪語されると疑問を抱かざるを得ない。また、筆者の暗黙の前提として「完成時の姿に忠実であることが最もよいことである」という考えがあることが端々で見えてくるが、この立場は個人的には違和感がある。確かに作成時の位置づけや意図は作成時の作品において反映されているのであろうが、その後の日本人の受容や現在における位置づけは、歴史を経て風化してきた現在の姿の作品に対してなされているともいえる。阿修羅像や銀閣が風化せずにオリジナルの姿を保ち続けていたとしたら、現在のような位置づけにそれらがなっていなかった可能性も高いし、その風化した姿を「古びてしまった」と酷評せずに「わびさび」「渋さ」などとして尊んできた人々がいたというのは事実であろう。無論、オリジナルの姿を追求するのは非常に興味深い試みとは思うが、現在の姿を軸に話すことを「誤解」と呼ぶのはさすがにずれていると言わざるを得ない。面白い試みだが、筆者がいささか自分の立場を絶対視しすぎてしまったように思う。残念。
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